炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

タグ:14系

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  撮影日:1975年 3月 8日  
  撮影地:鹿児島本線 銀水~渡瀬(当時) 


ED73牽引 14系寝台特急 “みずほ”号 その3

しばらく、ボンネット特急シリーズが続きました・・・。ちょっと一休みして、ブルートレインを懐かしむといたしましょう(*^_^*)
今回も、ED73牽引の14系フル編成 寝台特急“みずほ”号ですが・・・この日はなぜか12両編成でした(@_@) 2両短い理由は何だったのでしょう?
今日も夕日を浴びて、早春の筑後路を東京目指し、ブルートレインが颯爽と走り去っていきます。ED73が、まだまだ寝台特急の先頭にたって活躍していた時代です。

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  撮影日:1976年11月頃  
  撮影地:鹿児島本線 渡瀬~銀水(当時) 


ED73牽引の “みずほ”号

たったの3枚しか撮らなかった200㎜望遠シリーズ(@_@)  その2枚目は、ED73牽引の寝台特急“みずほ”号です。
稲刈りが終わり濡れた稲穂を干す光景の中を、ED731000番台が牽引するブルトレが終点熊本を目指します。何度見ても、飽きることのない光景です。8輌の14系客車とED73の組み合わせが、どことなく愛らしさを感じさせてくれます。
写真左奥の建物は、明光学園の校舎。今では、写真右奥に吉野駅があります。手前の田んぼは、現在は住宅地となりこのようなアングルの写真を撮ることは出来なくなってしまいました。34年間の月日を感じます・・・

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  撮影日:1975年12月 7日  
  撮影地:鹿児島本線 渡瀬~銀水(当時) 


ED73とDE76重連牽引 14系座席車“阿蘇”号

新幹線博多開業後の、新大阪発熊本行き 203レ 急行“阿蘇”号。 かつての旧型客車と10系寝台などを連ねた雑客編成の魅力はなくなったものの、14系座席車を使った夜行急行、ここに健在なり!(^^)!
下り列車の大牟田着は、8:16、高校に行く前のわがホームグラウンドでの撮影です。この日の撮影メモによると・・・『今日の阿蘇は、ED73とED76との重連ではないか。大変ラッキーであった。』と記録してますね~。
曇り空と半逆光の朝の写真ですが、われながら気に入っている一枚です(*^_^*) 田んぼの中を連なるクリークと、稲刈り後の切り株に稲ワラを積んだ風景・・・。 標準レンズで撮った何の変哲もない一枚ですが、12輌編成の14系座席車急行を偲ぶには十分な一枚ではないかと思い、しばし眺め入る管理人でした。

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     撮影日:1975年 2月16日
     撮影地:山陽本線 下関駅


はるばる来ました下関駅!(^^)! その2
ここは下関駅4番ホーム 門司側の先端部
11レ “あさかぜ”2号の下関切り離し回送列車がホームを離れていきます
それにしても海風の吹く下関駅ホームは寒かった・・・ 

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撮影日:1976年 1月 5日
撮影地:佐賀駅


1976年の正月、まだ地上駅だった頃の佐賀駅
新大阪発の臨時列車“あかつき51号”が入線してきました
14系の座席車と鄙びた佐賀駅の一番線が朝日に照らされます

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撮影日:1975年10月26
撮影地:鳥栖駅6番ホームにて



鳥栖駅6番線ホームの 14系“さくら”号です。
メモ帳によると、この日の鳥栖までの牽引機はED72 10号機でした。
ここからは、DD51の重連牽引となります。

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撮影日:1975年12月14日
撮影地:長崎本線・鳥栖付近


DD51重連の1レ さくら号が、鳥栖駅を発車し一路終点の長崎・佐世保をめざします。
窓枠のHゴムもまだグレー時代の14系 さくら号です。

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