炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

タグ:あかつき

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▲雪の日の24系 “あかつき”号
 
   撮影日:1975.2.21
   撮影地:鹿児島本線 渡瀬~銀水(当時)

 

懐かしい国鉄時代の画
またまた、久々の再開でございます・・・
再開第1号は~雪の日の24系“あかつき”号でござ~い
 
当時の撮影メモによると~ なんと「この冬4度目の積雪」とあります
オール2段B寝台の24系25型の33レ“あかつき”6号は、電源車を除いて12両編成でございます
写真では~残念ながら11両目までしか写っていませんね・・・
ちなみに、機関車はED72ですよー

新幹線博多開業前の、寒い冬の早朝でした




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▲ED73牽引の24系25形 “あかつき”号   
 
   撮影日:1974. 10.
   撮影地:鹿児島本線 渡瀬~銀水(当時)

 
懐かしい国鉄時代の画
今回はED73牽引の24系25形 “あかつき”号(*^_^*)
 
新大阪発熊本行きの33レ “あかつき”6号です。
新造されたばかりの客車ですね~
きりりと銀帯をまいた12両(電源車を含めると13両)フル編成が見事です
 
さて、この1974年10月シリーズはどれも稲穂がテーマですな
この写真の稲穂もたわわにみのってます(^O^)
その稲穂の先を行く、少し色あせたED73に牽引されたブルトレ・・・
 
何本も、関西と九州を結ぶ夜行列車の設定があった時代でした
 

 
 

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▲DE10 1206と“あかつき”ヘッドマーク “あかつき”三昧 ①

撮影日:2010年8月29日
撮影地:JR九州 博多運転区

博多運転区まつりへGO (2) ~“あかつき”三昧~

八月の最終日曜日は・・・博多運転区まつりへGO(*^_^*)

“ファイナルひかり”撮影会のお次は、この日のメインイベント~
博多運転区へGO!(^^)!

竹下駅から、駅南側の古レールを利用した跨線橋を渡って博多運転区へ。
かつての“あさかぜ”号の住処であった洗浄線は短くなり、その面影がなくなってました。
20系を前にして、近所の子ども達が遊んでいた光景は今何処・・・

ブルートレインがいないのは、まことに寂しいことです(*_*)


▼かつて“あさかぜ”号がいた洗浄線↓↓↓
 国鉄時代 http://blogs.yahoo.co.jp/ed731003/2228818.html


さて、初めてやってきた「博多運転区まつり」何があるのやら楽しみです。
開門の10時前に着きまして、しばらく行列に並びました(^O^)
10時ジャストに“まつり”がはじまり、初めて博多運転区におじゃしま~す。

早速人だかりが出来ていたのは、人気の鉄道部品などのグッズ販売ですね~
私は、『お~、“あかつき”のヘッドマークかっこいい』てな具合で、
まずは、“あかつき”のヘッドマーク付きのDE10 1206を激写!(^^)!

そっか、竹下客車区(古~い)といえばブルトレだ。

ということで、今回は題して “あかつき”三昧 でございます(~o~)


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▲“あかつき”三昧 ②


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▲“あかつき”三昧 ③
 

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▲“あかつき”三昧 ④

 
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▲“あかつき”三昧 ⑤


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▲“あかつき”三昧 ⑥



(つづく)

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  撮影日:1975年 2月21日  
  撮影地:鹿児島本線 渡瀬~銀水(当時) 


ED72牽引の “あかつき”号

1975(昭和50)年冬・・・梅の花がほころびはじめ、季節が移ろう頃の早朝の一枚。
この冬は、何度か雪景色の中をゆく列車を撮影した冬です。新幹線博多開業を間近に控え、早朝の“つばめ”号を追いかけていました。高校に行く前のひととき、自宅近くの鹿児島本線を行く列車を撮影。
今回は、ED72牽引の、24系編成 下り“あかつき”4号です。九州の2月は結構冷え込みます(^_-)  霜が降りた快晴の早朝、ED72に牽引された西鹿児島行きの“あかつき”4号が通過していきます。国道208号を行くミニバンは、ご愛嬌でございます(^-^)

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  撮影日:1975年 3月 9日
  撮影地:鹿児島本線 渡瀬~銀水(当時)

1975. 新造の24系客車 “あかつき”号 

新幹線博多開業の前日に、33レ 新大阪発熊本行きの“あかつき”6号を写真におさめる。
当時の“あかつき”は、全部で7往復(*^_^*) 新大阪と西鹿児島、熊本、長崎、佐世保を結んでいました。                                  中でもこの33レは、オール2段式B寝台の12両編成(^_^)v
24系25形は、1974(昭和49)年の4月に登場し、“あかつき”2往復と“彗星”1往復に活躍していました。車体には白帯ではなくステンレスの飾り帯がまかれ、何となく豪華なイメージを持ちましたね。この写真のオハネフ25は広窓の2段式寝台で、上段寝台は自動昇降式でしたが、翌年(昭和51年)製の100番代からは固定式となって寝室側の窓が狭くなったのでした。

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撮影日:1976年 4月25日
撮影地:鳥栖駅付近の長崎本線


43レ“あかつき”3号が、鳥栖駅のポイントを越え長崎本線の築堤を登っていきます
この日は14系の座席車(スハフ14かな)が連結されていました
7:54 鳥栖駅発 朝日をうけて一路佐世保をめざします

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撮影日:1976年 2月15日
撮影地:肥前山口駅構内


朝霧のかなた、DD51の汽笛が響いてきます
霧の中から2つの輝くライトが現れたかと思うまもなく
フルスピードで目の前を通過
8:32 “あかつき”3号 佐世保行き 
肥前山口駅 4番線通過(@_@)

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撮影日:1976年 1月 5日
撮影地:佐賀駅


1976年の正月、まだ地上駅だった頃の佐賀駅
新大阪発の臨時列車“あかつき51号”が入線してきました
14系の座席車と鄙びた佐賀駅の一番線が朝日に照らされます

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