炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

カテゴリ: 鉱山軌道◇武蔵野編

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▲初冬の夕暮れ  1978◇武蔵野炭鉱
 
  撮影日 : 1978.12.3
 

 
久々に、新書庫をつくりました(*^_^*)
 
題して~ 1978◇武蔵野炭鉱
武蔵野炭鉱と聞けば、知る人ぞ知る有名な亜炭の炭鉱。
未だ現役(たぶん・・・)、というところがまたすごい!(^^)!
 
この炭鉱を1978年の初冬に訪ねました。
東京の大学の校舎から、公衆電話で日豊鉱業(株)に電話をしたことを、今でも鮮明に覚えています。とある鉄道雑誌で、武蔵野炭鉱のことを知った当時の管理人~
炭鉱&ナローの軌道、しかも東京から近場にある現役の亜炭山(^_^)v
 
となれば~居ても立ってもおれず、すぐさま電話をしたのでしたが・・・
訪問をお願いしたところ~あえなくお断りの返事・・・
ドキドキしながら電話をしたのがちょっとの会話でアウト・・・
 
ところが、ここであきらめないのが当時の怖さ知らずの大学生(^O^)
「いいや~、近場だしちょっくら行ってみよう」と思った管理人~
早速、次なるお休みの日に、埼玉県は飯能まで出かけたのでした(^_-)
 
ダメ元の訪問でしたが・・・
意外な展開が待っていた(?_?)
 


 
(つづく)
 
 
 
▼関連ページ 「さて、ここはいったいどこ・・・」
 

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             ▲よれよれの線路  1978◇武蔵野炭鉱(2)
 
                撮影日 : 1978.12.3
 

 
1978◇武蔵野炭鉱(2)
 
休日に事務所を訪ねても門は閉まっているし、見学させてもらえるわけではなし~
半ばあきらめモードながら、2.5万分の1地形図を片手に飯能へ(^_^)v
 
西武池袋線の元加治駅で電車を降り、徒歩15分ほどで日豊鉱業に到着。
一応正門に行ったと思うのですが、やっぱり閉まっていた(*_*)
当時は、炭鉱の北側が空き地だったような記憶があるのですが、どうにか歩いて近づけないかとあたりをうろうろしていたところ~
 
今では公園になっている東側付近にたどり着いた(*^_^*)
そこで撮った最初の写真が、今回のTOPです。
写真左手の細長い建物はDL車庫で、NO.2が収まっていました。(前回の写真)
その車庫の奥(車庫と重なる白い三角屋根)が、当時のメモによると鍛造場です。
 
さらに、写真中央のパイプラインと小屋あたりに坑口がありましたが、緊急避難および通気用の坑口のようで当時は使われていなかったと思います。後ほど写真にて紹介したいと思いますが、坑口には木製のトロッコが一両ありました。
 
写真右奥の建物(貯炭場かな)の先に、本坑道の坑口と資材置き場があり、その左奥に飼料肥料製造工場や木工所などがありました。
 
写真左側は、古坑木やズリ捨て場ですね。
このズリ捨て場をよじ登って、とにかく炭鉱の末端部に何とかたどり着いた管理人でした。
 
 
(つづく)
 

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                          ▲ズリ捨て線  1978◇武蔵野炭鉱(3)
 
                撮影日 : 1978.12.3
 

 
1978◇武蔵野炭鉱(3)
 
なんとかたどり着いた場所は、炭鉱の東側にあるズリ捨て線でした。
 
ご覧のように、枕木の先端が飛び出したようなズリ捨て場に、坑口からよれよれの線路が延びていました。炭鉱の南側の小高い丘すれすれに、冬の太陽光線がさしてきて、ズリ捨て線を照らし出します。
 
線路は結構光り輝いていたので、最近入線したことが予想されましたし、目の前には大きなズリが枕木にひっかかったまま転がっていました。
背後の雑木林の終わりかけた紅葉が、これまたいい味出しています。
ここだけ見ると、山奥の鉱山軌道~みたいな雰囲気でしょ(^_-)
 
周りの武蔵野の風景にとけ込んだズリ捨て線~
折からの冬の日差しを受けた光景を、一人驚喜して楽しんだのでした。
 
そこへ、なんだか人の気配が・・・
 

 
(つづく)
 
 
 
 

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▲坑夫  1978◇武蔵野炭鉱(4)
 
  撮影日 : 1978.12.3

 
1978◇武蔵野炭鉱(4)
 
なんだか人の気配が・・・
日曜日の炭鉱は稼働していました(^o^)
 
ズリ捨て線になんとかたどり着き、よれよれの線路風景を撮っていたところへ~
坑内から仕事を終えた坑夫風の方が歩いてこられるではありませんか(^_-)
挨拶を交わし、撮影のお願いをしたところ、あっさりとOKがでた
 
ズリ捨て線の先にすすみ、後ろ姿を線路上にとらえます~
ハンチング帽にチェック柄のベスト、手には坑具を持たれたその後ろ姿は、何だかイギリス風で粋な感じがしました(^-^)
 
さて、前回述べた木製のトロッコが、少しばかり写真右手に顔を出してますよ
その奥には、NO.2機関車が眠る車庫、そしてズリ捨て場が望めます(^_^)v
これからは、この画面の手前に向かいます~
 
というところで、今回はお終いです
 

 
(つづきは来年かな・・・)

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 ▲坑口  1978 ◇ 武蔵野炭鉱(5)
 
  撮影日 : 1978.12.3

 
1978◇武蔵野炭鉱(5)
 
坑夫さんに挨拶した後は~
いよいよ坑口にやってきました!(^^)!
 
ご覧のように、崖のような場所にポッカリと坑口が一つ口を開けています
たぶん、この光景は今も同じではないかと思います。
ご覧のように、坑口のあたりはかなりぬかるんだ状態でしたね。
そこに、結構頑丈そうなレールが敷設されていました(^O^)
 
あらためて坑口を眺めてみると、大手炭鉱の坑口とは違って、木枠にかたどられた昔ながらの坑口です。ちょっと覗いてみた坑内には、同じような木枠が坑道にそって続いていました。
 
坑口を出てすぐに分岐する線路があり、そこには炭車が止まっていましたが、中身は丸太状のかなり大きな坑木。訪ねた時は、坑内の補修作業が行われていたようです~。
坑道の保守を「仕繰(しくり)」といいますが、炭鉱を維持、管理して行くには重要な作業でございます
 
さてさて、お次はどのよう光景にお目にかかれるのか(?_?)
お楽しみの武蔵野炭鉱訪問記はまだまだつづく~
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

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 ▲坑木  1978 ◇ 武蔵野炭鉱(6)
 
   撮影日 : 1978.12.3

 
1978◇武蔵野炭鉱(6)
 
今回は、坑口近くの一風景でございます!(^^)!
前回述べたように、この日は坑道の仕繰(しくり)作業が行われていたました
 
写真のような、坑木を積んだトロッコが出番をまっています。
作業されていた方とお話していると~
もうすぐ構内から機関車が出てくるとのこと
 
写真右側のカーブした線路の先が坑口となってます(^O^)
車庫に収まっていたのと同型のディーゼル機関車が稼働しているはずですよ~
ところで、このトロッコ車輌の連結器部分が気になるな・・・
輪っかがあって、ピンで留めるのかな(?_?)
 
しばし、この場所にて機関車の登場を待つ事にした管理人でございました
 

 
(つづく)

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▲機関車  1978 ◇ 武蔵野炭鉱(7)
 
  撮影日 : 1978.12.3

 
1978◇武蔵野炭鉱(7)
 
今回は、いよいよ動く機関車が登場!(^^)!
坑口からディーゼル音を響かせながら機関車が飛び出てきた
 
ズリ捨て線奥の車庫に収まっていた機関車と同型ですね。
当時のメモを繙くと・・・
 
型式 104  機械番号4089
製造年月日  48-8
製造所     日本車輌製造(株)
販売      日熊工機(株)
 
でございますな(^_-)
この機関車~日本車輌が製造した製品名UDL(Underground Diesel Locomotive)という防爆型の4tディーゼル機関車のようです。
かつては、トンネル工事現場とかでも数多く見ることができました。
ちなみに、販売元の日熊(にちゆう)工機(株)に関しては、以下の記事をお読み下さいませm(_ _)m
 
**********************************************
日本車輌とゼネコンの熊谷組が共同出資して1959(昭和34)年6月に設立した会社で、定款によれば建設用・鉱山用機械の設計製作ならびに販売、産業用資材の販売または納入の代行などを目的としています。社長は日本車輌社長が兼任する形で、いわば日本車輌の建設機械部(同年1月発足)の販社的性格を持った会社でした。                         ▲名取紀之さん 「編集長敬白」 2006.6.23 記事より 
**********************************************
 
 
この機関車、今でも現役で動いているかな? 
ちなみに、2両いた機関車の内のNO.1の方ですよ。
 
さてさて、坑口から飛び出てきた機関車のその後は・・・
次回もまたお楽しみに(~o~)
 

 
(つづく)
  

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▲推進運転  1978 ◇ 武蔵野炭鉱(8)
 
  撮影日 : 1978.12.3

 
1978◇武蔵野炭鉱(8)
 
坑口からディーゼル音を響かせながら出てきた機関車
その後は~
 
2両の炭車を連結したまま、ズリ捨て線に推進運転にて進入
前々回に紹介した坑木を積んだ台車とドッキング
 
しかし、自動連結なんてことは絶対にありませんぞ
さて、この写真のその後はどう展開したでしょうか
 
「・・・・、・・・・○×・・・?」
 
運転手さんがキャブから身を乗り出しての推進運転でございました
 

 
(つづく)

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▲手押し運転  1978 ◇ 武蔵野炭鉱(9)
 
  撮影日 : 1978.12.3

 
1978◇武蔵野炭鉱(9)
 
ズリ捨て線に推進運転にて進入したトロッコは・・・
坑木を積んだ台車とドッキング
  
「・・・・、・・・・○×・・・?」
 
少し目測を誤てり
 
ズリ捨て線を一人で走ってしまった坑木を積んだ台車くん
運転手さんが救出に参ったのでした
(何とか数メートルで止まったのでよかった(^_^)v
 
手押し運転
思わず手伝いたくなるようなシーンでございました
 

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▲ズリ捨て場へ  1978 ◇ 武蔵野炭鉱(10)
 
  撮影日 : 1978.12.3

 
1978◇武蔵野炭鉱(10)
 
めでたく~坑木を積んだ台車とドッキングしたトロッコは・・・
ズリ捨て線に推進運転にて進入
 
夕暮れの丘陵の陰の中をバックしてゆく~
身を半分乗り出して、前方を見つめる運転手さんの姿とともに
丘陵にエンジン音が吸い込まれていきます
 
背景の雑木林は晩秋から初冬の装いに移ろうという時・・・
日曜日の武蔵野炭鉱では、朽ちた坑木の取替作業を終えようとしていました
 

 
 (つづく)
 
 

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