炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

カテゴリ: 銚電紀行

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撮影日:1977年11月22日
撮影地:銚子電鉄 仲ノ町駅

仲ノ町駅改札口とハフ1、2

33年前の大学鉄研時代・・・
東京から総武線に揺られて銚子を目指しました。
旅のお供は、大学の先輩こと“ズリー”さん ⇒ ズリーの語源は、沢田研二のジュリーだよ(^_-)

銚子電鉄の始発である銚子駅から、一区間60円だけ乗車して仲ノ町駅にやってきました。
ここ仲ノ町駅から終点の外川駅まで、約6㎞をこれから歩きます。

それでは、銚子電鉄の昔を今しばらくお楽しみ下さい。


さて、最初の一枚は、仲ノ町駅の改札口越しに見た客車です。
ハフ1とハフ2が仲良く一休みしていました。この頃は、朝夕の多客時にデハに牽引されトレーラーとして使用されていました。
残念ながら、この愛らしい2軸客車には乗ることはありませんでした・・・。

それにしても、瀟洒で愛らしい客車と古びた改札口・・・
今にして思えば、何とも言えず味のある光景であることよ!(^^)!


なぜかしら、かの有名な銚子電鉄のマスコット、小さな凸形電気機関車のデキ3を撮影することなく仲ノ町駅をあとにした2人でした~



つづく

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撮影日:1977年11月22日
撮影地:銚子電鉄 観音~本銚子

観音~本銚子間を行く デハ501

仲ノ町駅から観音駅と歩いてきました。
観音駅は写真を撮らずに通過して? ここは後飯町公園横の線路敷き。

単行のデハ501が通過していきます。
後追いの写真です・・・たぶん・・・

デハ501って、タイフォーンが屋根にのっかっていたんですね(^O^)
大きな前照灯横に、斜めにくっついている様子が微笑ましく感じます。

かなりの勾配を登って行くモーター音はいかばかりっだったろうか~



ちょっとだけ車歴を調べてみると・・・

昭和21年日本鉄道自動車製
近江鉄道クハ23→上田丸子電鉄モハ2321
車両長12メートル、4個モーター装備


小さいながらも力持ちだったんだ(@_@)




つづく

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撮影日:1977年11月22日
撮影地:銚子電鉄 本銚子駅

まもなく本銚子駅に到着 デハ201

後飯町公園を過ぎると、次なる駅は本銚子駅です。

外川から、デハ201がやってきました。
この日の昼間は、このデハ201と先のデハ501の2両が仕業についていました。
これから線路沿いを歩きながら、何度となくこれらの車輌を撮影することになります。

それにしても本銚子駅のホームは凄いですね~

たしかこの写真手前にあった改札口も、屋根のないホームの端っこにあったように記憶しています。
飛び石の様にひかれた石の通路に、土のホーム・・・


この駅に駅員さんはいたんだっけな~?


今も往時の佇まいのままだろうか・・・本銚子駅



つづく

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撮影日:1977年11月22日
撮影地:銚子電鉄 笠上黒生駅

列車交換 ~笠上黒生駅~

本銚子駅の次なる駅は、笠上黒生(かさがみくろはえ)駅です。

皆さんご存じのように、銚子電鉄線内唯一の列車交換駅。

先ほど見送ったデハ201が銚子から、少し遅れて外川からデハ501がやってきました。
通票を交換して、それぞれ出発進行~



今も変わらずに、ここ笠上黒生駅にて列車交換が行われていることでしょう。




(つづく)

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撮影日:1977年11月22日
撮影地:銚子電鉄 笠上黒生駅

列車交換 ~笠上黒生駅 その2~

銚子電鉄線内唯一の列車交換駅である笠上黒生(かさがみくろはえ)駅。

外川行きのデハ201と列車交換した、デハ501が銚子めざして出発していきます。

昔懐かしい木のポールに腕木信号機、スプリングポイント、細くくねった線路・・・
かつては、地方鉄道を巡れば定番の情景でしたが、今では数少なくなってしまいました。


現在の銚子電鉄沿線には、写真にあるような松林がまだ残っているでしょうか?


(つづく)

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 撮影日:1977年11月22日
 撮影地:銚子電鉄 海鹿島駅

少年のお見送り デハ201号  ~海鹿島駅~

銚子電鉄シリーズ~

笠上黒生駅から西海鹿島駅を経て、ここ海鹿島(あしかじま)駅にやってきました

ホームは片面1面の1線構造で、ホームには先客がいた

緑のジャージに身をつつんだ少年

去りゆく電車に手を振る・・・


きっと、銚電のホームや駅舎は、子ども達のよき遊び場だったに違いない


(つづく)

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 撮影日:1977年11月22日
 撮影地:銚子電鉄 海鹿島~君ヶ浜

海鹿島~君ヶ浜間を行く デハ501

銚子電鉄シリーズ~ つづき

両脇の松林に守られ、デハ501がのんびり走ります。

松林・・・
海岸が近いことに海風が強いことを意味するでしょう。

この日は曇天の深まる秋の侯~

写真左奥の犬吠埼をこの後訪ねましたが、

さすがに、太平洋の押し寄せる波には迫力があったことを思い出しました。

でも、この写真の場所からは、その様な荒波の様子を感じることはできませんでした。



まだまだ、銚子電鉄の旅はつづく・・・


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      銚子電鉄(8) 海鹿島~君ヶ浜間を行く デハ501  その2




正月休みを利用して、久々に銚子電鉄のシリーズ再開
時は、1977年11月22日~ 鉄研の先輩と2人で出かけた銚子電鉄
仲ノ町駅から終点の外川駅までを歩いての撮影行(^O^)
たっぷりと時間をかけて、銚子電鉄を楽しんだのでした

ところで、再開に際してフジクロームのポジフィルムをスキャンしましたが・・・
前回までもそうでしたが、退色が激しく往時の色が十分に再現できませんでした
まあ、当時の雰囲気は出ていると思うので、お気軽にお楽しみ下さいませ

単行の電車はデハ501号~
小さい車体に4つもモーターを装備した俊足の電車でした






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     ■1977年 銚子電鉄(9) 海鹿島~君ヶ浜間を行く デハ201  



正月休みを利用して、久々に銚子電鉄のシリーズ再開~つづき

シリーズ9回目は、再びデハ201号が登場
海が見渡せる場所にやってきました~
晴れていれば太平洋の海原が青く写し出せたかな・・・

ビューゲルが良し
前照灯がお腹?についているところもまた良し
のんびりゆらゆらと走るデハ201号の姿が可愛らしく感じられます


海岸沿いに松原が広がり、それに守られるように畑が広がるこの区間の景色は、今も変わらずにあるだろうか



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     ■1977年 銚子電鉄(10) 海鹿島~君ヶ浜間を行く デハ301  



正月休みを利用して、久々に銚子電鉄のシリーズ再開~つづき

シリーズ10回目は、デハ301号が登場
デハ301は、全長15m級3扉の吊掛駆動車でございます~
ちょっとだけその歴史をたどると・・・

1930年 鶴見臨港鉄道モハ100形105として新潟鐵工所で新造
1940年 モハ110形115に改番
1943年 戦時買収により、鶴見臨港鉄道は国有化され鶴見線となる
1951年 銚子電気鉄道に売却され、デハ301となる
2009年 解体

いわるゆる買収国電というやつですな
ちなみに、銚子電鉄では集電装置がトロリーポール→ビューゲル→パンタグラフと変わっており、写真の時代はビューゲルでございます(*^_^*)
また、車体も晩年は赤とブラウンの塗装に変更されましたね

飾りっ気のない端正なお顔立ちの車輌で、均等な三枚窓が印象的でした




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