炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

カテゴリ: 三池煉瓦紀行

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▲旧三川電鉄変電所 西面

撮影日:2008年 1月 1日
撮影地:大牟田市新港町 

三池港近く 旧三池炭鉱専用鉄道の築堤横
冬晴れの凛とした空気に、明治の煉瓦建築が気丈に佇む

その壁面には、この建物が歩んできた100年余りの歴史が刻まれている

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▲四ツ山の とある煉瓦小屋

撮影日:2008年 1月 1日
撮影地:荒尾市四ツ山 

四ツ山の西斜面に、小さな煉瓦小屋がある
たぶん四ツ山坑関係のものだと思うのだが、何に使用したのかは調べていない

今では蔦がからまり、自然の一部と化したような この煉瓦小屋である

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▲4.万田坑の通路にて

撮影日:1997年 3月 9日
撮影地:荒尾市原万田 


大牟田・荒尾の煉瓦といえば・・・まずは万田坑に宮原抗

閉山後も貴重な煉瓦建築が残り
その容姿は、明治の息吹を今に伝えている

その万田坑の通路にて、煉瓦にすがりつく緑に目が行く

煉瓦に宿る緑たちに、炭鉱の歴史を聞いてみる



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▲5.精錬所の煉瓦塀

撮影日:2007年11月25日
撮影地:大牟田市東泉町 


三井化学や三井金属の工場が連なる一角
大牟田川に沿った道路脇に、長く続く煉瓦塀が今も残る

この煉瓦塀の工場では、かつて神岡鉱山の亜鉛製錬を行っていた
少し無骨なこの煉瓦塀に囲まれた精錬所の本格操業は1914(大正3)年1月

ちょうど第一次世界大戦が勃発し、亜鉛の価格が急騰した頃であった




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▲6.三池港の煉瓦塀

撮影日:2008年 1月 1日
撮影地:三池港 


三池港のドッグ北側に、アルミインゴットが積み重なる一角がある
三池港には此処しかない煉瓦塀が、道路沿いにつづくところ

その煉瓦塀の端は、冬の夕暮れの冷気に包まれていた
煉瓦塀の前に横たわる、倒れた煉瓦塀・・・

寒風すさぶ三池港ドッグの一風景


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▲7.勝立坑 竪坑跡の煉瓦

撮影日:2007年 9月 1日
撮影地:勝立坑跡 


勝立坑の開坑は、1894(明治27)年
勝立坑の閉坑は、1928(昭和 3)年

今では周りを閑静な住宅が取り囲むこの一画に
明治期の技術の粋を集めた竪坑があった

夏草に覆われ、強者どもが夢の跡・・・

湧水に挑んだ竪坑跡の煉瓦


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▲8.三池監獄跡の煉瓦塀

撮影日:2008年 9月20日
撮影地:福岡県立三池工業高校 グランド側外壁 


1873(明治6)年 三池炭山が官営化されて以来行われてきた囚人労働

三池集治監 → 三池監獄 → 三池刑務所 と改称されながら、1931(昭和6)年2月に刑務所廃止

その跡地に、三井工業高校が移転
1953(昭和28)年 福岡県立三池工業高校となり現在にいたる


学校を取り囲む高い塀は、明治の監獄時代のまま
ここにも、三池炭鉱の今一つの歴史を物語る煉瓦が連なる




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▲9.宮原坑 第二竪坑デビーポンプ室遺構

撮影日:2008年12月23日
撮影地:大牟田市 宮原坑跡 


1898(明治31)年に出炭を開始し、1931(昭和6)年に閉坑した宮原坑

2つあった竪坑の内、1901(明治34)年に完成した第二竪坑が今に残されている

かつて囚人労働の場とされた宮原坑・・・
“修羅坑”と呼びならわされた

この竪坑脇の煉瓦遺構は、かつてのデビーポンプ室外壁の一部

中空にそそり立つようなこの煉瓦遺構
とぎれた半円形の遺構が往時を語りかけてくる




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▲10.朝日に映える万田第二竪坑巻揚機室

撮影日:2009年 1月 2日
撮影地:荒尾市 万田坑跡 


明治42年完成の巻揚機室の煉瓦が、朝日に照り輝く

冬の日の凍てついた空気の中、明治の息吹をここに伝えるように

夏場は蔦が覆っている巻揚機室の煉瓦
冬場はその蔦の葉も枯れ、本来の姿を取り戻すかのよう


朝日に照り輝く煉瓦に、しばし見とれる

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▲12.三池港閘門 スルースゲートの煉瓦

撮影日:2008年 5月31日
撮影地:三池港 


明治41年4月1日 三池港と命名され開港
同4月6日 「勅令第75号」を以て開港場に指定さる


完成以来100年の歳月を重ねる三池港・・・


その歴史ある閘門施設の両脇にひかえるスルースゲート

鉄板のゲートに、それを動かす歯車達を支える明治の煉瓦積み
花崗岩とのコラボも見事なこのスルースゲート

閘門を支えてきた、名脇役的存在に思える

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