炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

カテゴリ: 三池炭鉱専用鉄道敷跡

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コスモスに彩られ、幸せな余生をおくる大平駅

秋の日の休日、久しぶりに玉名支線跡を訪れました。
旧宮内駅や切り通しを巡り、旧大平駅へ・・・。

今も往時のまま残るホームに至る階段を上っていくと・・・
幸せなことに、大平駅はコスモスの花に彩られていました(~o~)

ホームの先には、しっかりと線路敷きが残されています。

撮影日:2007年10月14日
撮影地:玉名支線 大平駅跡

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▲三池鉄道  浜線の、とあるガード下煉瓦

撮影日:2007年 8月31日
撮影地:大牟田市浜町 

龍宮閣近く 
旧三池炭鉱専用鉄道のガード下、イギリス積みの煉瓦が佇む

浜線の開通は、1891(明治24)年12月25日
21世紀までも残る、鉄道を支えてきたこの煉瓦たち・・・

此処にもまた、100年余りの歴史が刻まれた煉瓦がある

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撮影日:2008.9.20
撮影地:宮原坑付近の鉄道敷跡

「鉄道敷取得の可能性」示唆 大牟田市長が会見

昨日(11/6)の有明新報によると・・・
大牟田市の古賀道雄市長は五日の定例記者会見で金融危機の同市への影響、安心安全のまちづくり、宮原坑などの世界遺産暫定リスト入りに伴う同市の具体的な対応などについて述べた。世界遺産遺産登録を果たすためには「三井鉱山からの無償譲渡受け入れを断った三池鉄道敷もあらためて考え方を整理する必要があるかもしれない」と近い将来の取得の可能性を示唆した。 
先日行われた大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブ主催のシンポジウム『炭都の風景を市民の手で伝えよう』には、来賓として大牟田市の古賀道雄市長も参加され、宮原坑などの世界遺産暫定リスト入りに関連した意見に耳をかたむけてられていました。
パネリストの一人であった西村幸夫氏(東京大学大学院教授)は、イギリスのブレナボン産業景観や石見銀山の例をあげながら 「システムとして産業遺産を保存し文化と捉える」 ということの重要性を述べられていました。
単に宮原坑などの坑口だけではなく、三池港や工場・炭住、そしてそれらを結んでいた鉄道網などを包括して産業遺産を捉えることが必要だということです。
これらの論議を聞きながら、わが三池炭鉱専用鉄道の重要性をいまさらながらに感じた次第です。

そもそも、竪坑の開鑿に伴う湧水問題と採掘した石炭の搬出については、三池炭鉱にとって大きな課題でした。これらの課題に果敢に取り組んだのが、団琢磨を中心とした技術者達であったことは、書庫「三池築港百話」などにて取り上げてきたところです。

これら三池炭鉱のシステム全般を見渡したときに、鉄道と港が果たした役割は非常に大きかったと言えます。
世界遺産暫定リスト入りに際して、あらためて先のシンポジウムの副題 『いま・ここからつむぐ港・鉄道敷のまちづくり』 の意味することの重要性が再認識される新聞記事でありました。

ぜひとも、一度は大牟田市が断った「三池鉄道敷の三井鉱山からの無償譲渡」の再考がなされることを期待したいと思います。

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撮影日:2009年 1月 2日
撮影地:旧万田駅

旧万田駅のホーム現る

正月里帰りを利用しての大牟田・荒尾探索・・・
毎回、何かの発見があるものです(*^_^*)

今年の発見は・・・
三池炭鉱専用鉄道の“通勤電車”の終点「万田駅」のホームです。

原万田からの玉名支線の終点は「平井駅」。
ここ「万田駅」は、「原万田駅」から本線をさらに進んで、途中「妙見駅」を過ぎ万田鉱を右手に過ぎた先にありました。

この駅には、築堤をのぼる急な階段がありまして、島式のホームがあります。
列車はTOP写真にある進行方向右手に停車。
機廻し線としての左側の線路を通過した20t機関車は、コハに連結されて三池港へと戻っていきます。

◆往時の様子は、万田駅の炭鉱電車をご覧下さい

廃止になって以来この方ず~っと放置されていましたので、周りには木々が茂り草ぼうぼうの状態でした。
その中をなんとか分け入り、ホームの石垣にどうにかお目にかかれるといった有様でございました。

今回、ホーム東面の木々が取り払われ、その全容が現れた次第です。
しかし、北端部の手前付近にて、重機によりホームが分断されていました。

正月で、今後の展開を確認するべくもなく大牟田を後にいたしました・・・。

先のシンポジウムでも、鉄道敷跡の重要性が確認されたばかりです。
「まさか、取り壊すとことはないよな」と思いながらも、途中で分断されたホームを見ると「取り壊されてしまうのではないか」と大いに危惧されます。

築堤の階段をおり、霜の降りた田んぼからも写真を撮りましたのでご覧下さい。


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こうやって眺めていると・・・
今にも“炭鉱電車”がやって来るような幻想に駆られます。

他にも色んな角度から撮影致しましたのでどうぞ。

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追加の写真です


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一枚目は、築堤上のホームの遠景です。
重機で分断されている場所は、写真右手のホーム北端(宮浦側)近くです。

二枚目は、ホーム北側の先端部を撮影したものです。

鉄道好きの「サガ」ですかね・・・
分断されたことができるだけ分からないように撮影した写真ばかりです(@_@)

とにかく、重機が通れる幅(約5mほどでしたか)に分断されておりました。

以上、「たんと」さんから頂いたコメントへの追加写真でございます。

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▲11.諏訪川鉄橋の煉瓦橋脚

撮影日:2009年 1月 2日
撮影地:大牟田市 


明治33年に開通(宮原~万田)した専用鉄道の煉瓦づくり橋脚

この鉄橋を走った炭鉱電車も今は昔・・・

冬の快晴の朝、静寂の諏訪川水面に明治の煉瓦がひときわ美しく佇む

明治42年 複線化
昭和45年 単線化   
そして・・・平成9年 路線廃止

三池炭鉱の盛衰とともに歩んできた 諏訪川の鉄橋である

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▲13.三池港 高架貯炭桟橋の煉瓦遺構

撮影日:2009年 3月15日
撮影地:三池港 


完成以来100年の歳月を重ねる三池港・・・

その三池港の石炭積み出し用に建設された高架貯炭桟橋

かつての貯炭トンネルの先、3線の貯炭桟橋があった



築堤の先端、ここから高架貯炭桟橋が始まるところ

今では木々が生い茂り、草が繁茂する線路跡の築堤


三池港をバックに、今も静かに貯炭桟橋の煉瓦遺構が佇む

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撮影日:2009年 3月15日
撮影地:玉名支線 宮内駅跡にて

三池鉄道 玉名支線の廃線跡 その1

三池港1dayカフェーにお出かけ前・・・
春の陽気に誘われ、久々に玉名支線の廃線跡を訪ねてみました(*^_^*)

まずはTOPの写真から
書庫「炭鉱電車(客車編)」にて紹介した宮内駅を静かに発車にある「宮内(くない)駅」の今です。

駅ホームの保存状態は非常によく、今にも駅手前の切り通しから炭鉱電車が現れるのではないか!(^^)!
と思わせます。
簡素なホームの屋根や、土管を利用した灰皿も現存していますね。

玉名支線にあって、ここ宮内駅からお隣の大平駅(三池港側)近くにかけては、比較的廃線跡が状態よく保たれている場所です。

宮内駅から、お隣の大平駅(写真奥の方向)と歩みを進めましょう。


早速、私のお気に入り撮影場所であった切り通しが待ってます。

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▲宮内駅手前の切り通しの今 その1


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▲宮内駅手前の切り通しの今 その2

つい最近、鉄道敷き跡が道路化されてしまったようですが
かつての雰囲気は伝わってきます。

側溝(じゃなくて央溝?になっちゃてます)をはさんで、左側の道路が以前からあった道路
右側が、かつての線路敷き跡。

道路に覆いかぶさるような崖が、往時の記憶を呼び起こさせます。
かつて撮影した切り通しを行く“炭鉱電車”のカットを思い出しました。

この切り通しの先、緩く右にカーブした先の少し高台に「大平駅」がありました。
切り通しの先の「大平駅」手前には、短いコンクリート橋がありましたが今も健在です。


いろいろと、角度を変えて眺めてみようかな・・・。

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▲大平駅近くのコンクリート橋 その1


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▲大平駅近くのコンクリート橋 その2


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▲大平駅近くのコンクリート橋 その3


このコンクリート橋のすぐ脇から築堤を上ったところが「大平駅」です。
今も駅に上る鄙びた階段が残っていますよ。

木々が覆い被さったようなこの階段・・・


この先どんな光景が広がるだろうか? とわくわくさせるような階段であることよ(~o~)



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▲大平駅に通じる細い階段



(つづく)

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撮影日:2009年 3月15日
撮影地:玉名支線 大平駅跡にて

三池鉄道 玉名支線の廃線跡 その2

三池港1dayカフェーにお出かけ前・・・
春の陽気に誘われ、久々に玉名支線の廃線跡を訪ねてみました(*^_^*) つづき・・・

まずはTOPの写真から
書庫「炭鉱電車(客車編)」にて紹介したまるで箱庭/大平駅まもなく大平駅に到着にある、玉名支線「大平駅」遠景です。

本当に懐かしい・・・
この場所で炭鉱電車を撮影した当時が、まぶたの奥に鮮やかに甦ります!(^^)!

ホームにあった屋根の骨組みが往時を偲ばせますし、
コンクリート橋先の高圧電線は昔のまま・・・

その先は、切り通しです。

往時を偲んで、駅のホームにしばらく佇むとしましょう(^_-)

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▲大平駅の今 その1


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▲大平駅の今 その2


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▲大平駅の今 その3

「大平駅」のホームを降り、「原万田駅」方面に廃線跡を歩いてみましょう。
この場所も、切り通しになっています。
緩やかにカーブして、この先は短い鉄橋につづいて築堤が「原万田駅」まで通じていました。

今ではその築堤も殆どが切り崩され、見る影もありませぬ(*_*)
しかし、この「大平駅」先の短い切り通しだけは昔のままに手つかずの状態を保っています。

『この場所に、もう一度線路を引いてみたい』 という衝動にかられます。

落ち葉や草々に覆われたバラストの残る廃線跡は、春の日にいにしえを語りかけてきます。

途中から、「大平駅」を振り返ってみました。
この構図もまた懐かしい・・・
大平駅のホームを離れる炭鉱電車のショットを思い出します。


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▲大平駅から原万田方面へ歩く


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▲短い切り通しから、大平駅を振り返る



心地よい春の日差しを浴びながら、「大平駅」の散策を終えました。

今も人が通っているであろう、「大平駅」ホームにいたる細道です。


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        ▲大平駅に通じる細道

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▲14.三池港 高架貯炭桟橋の煉瓦遺構 その2

撮影日:2009年 3月15日
撮影地:三池港 


完成以来100年の歳月を重ねる三池港・・・

その三池港の石炭積み出し用に建設された高架貯炭桟橋

かつての貯炭トンネルの先、3線の貯炭桟橋があった



この煉瓦遺構、3線あった高架桟橋のうち

ドック側に最も近いもの


土台の煉瓦積みの上にコンクリートの遺構が残り

両脇には石垣の斜面が施されている



百年の風雪に耐えてきた一個一個の煉瓦の凹凸が美しい

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撮影日:2009 7.20
撮影地:三池港 

消えるサンデン(旧三川電鉄変電所)奥の人道トンネル

7月20日(月)は「海の日」で、この日に合わせて毎年三池港では“港まつり(ふ頭会場)”が開催されています。これと同時に、閘門をはじめとする三池港周辺の近代化遺産の公開と、ファンクラブ主催の“Tanto Tantoウォーク”が今年も行われる予定でしたが・・・

あいにくの強風と雨天のため、ほとんどの行事が中止となってしまいました(*_*)

毎年人気の、巡視船ちくぜんの体験航海も、三池港閘門の公開も無しに・・・

早朝から出陣しよう!(^^)! と、私も予定していましたが朝よりあいにくの雨模様。
いつもの炭鉱電車撮影をあきらめながらも、土砂降りの九州自動車道を駆け抜け一路大牟田へGO(^_-)

その目的は、今回のタイトルにある《サンデン(旧三川電鉄変電所)奥の人道トンネル》にありました。
ファンクラブのブログにて、この人道が取り壊されることを知りもう一度この目に焼き付けておきたいと思った次第です。

実はこの人道、炭鉱の閉山前に一度カメラに納めたことがありました。
↓↓↓
1994年6月の記憶 (最終回) 築堤下通路から見た三川変電所

かねてより私のお気に入りの場所の一つでしたが、通路としての機能を果たさなくなってからは、サンデンを訪れたときに、資材置き場と化した通路を眺めるのみでした。
今回、有明海沿岸道路の延伸にともなって解体されるという報に接し、また一つ三池炭鉱関連の遺構が消えていくことを残念に思います。

専用鉄道をくぐるこの人道トンネルがつくられたのは、三池港築港と時を同じくしていますので、100年余りの時を刻んできたことになります。
三川(四ツ山)発電所脇のこのトンネルを抜けると、三池港の船渠に通じていて、そこにはかつての港務所や今も残る長崎税関三池支署がありました。

HP『大牟田の近代化遺産』中の大正15年の地図にも、はっきりと専用鉄道をくぐるトンネルと港務所に至る通路が描かれています。
↓↓↓
http://yamada.finito-web.com/miikekot15map.htm



往時のことを偲びつつ、最後の写真を撮りました・・・。


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▲三池港側からサンデン側を望む



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▲サンデン社屋横からトンネル入り口を望む



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▲サンデン社屋の南側(300m程四ツ山寄り)の築堤は、既に削られ分断状態




(つづく)


◇いずれの写真も7/20(月)撮影

◇大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブのブログに、中野さんによる取り壊しに至る詳細な報告がありますので、  詳しくはそちらをご覧下さい。
 ⇒ http://ameblo.jp/tankou-funclub/entry-10293571003.html

◇国土交通省九州地方整備局福岡国道事務所によって、昨年行われた三池港IC~大牟田ICの起工式と簡単   な計画地図はこちら↓↓↓
 ⇒ http://www.qsr.mlit.go.jp/fukkoku/ir/press/files/h20/h20.7/080708.pdf

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