炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

カテゴリ: 鉱山軌道◇明延編

またまた、久々の更新です(*^_^*)
『いよいよ、明延鉱山のクライマックスに近づいてきました』のつづき・・・

鉱山事務所脇を過ぎ、大きくカーブした山腹を通過した列車は、前回紹介した地図とメモ帳にある「木工所」「電気部」の脇を通過します。
黒い車体に、黄色に塗られた大きなZパンタを装着した機関車がやってきました。

岡本憲之著『全国鉱山鉄道』JTBキャンブックス によると、この機関車は三菱電機製5t電気機関車とのこと。
この機関車、廃墟趣味のHPを覗いてみると・・・閉山になった後も鉱山事務所脇に置かれ、朽ち果てていたようです。
往時を知るものにとっては、何ともいえない光景です。

さて、それではズリ捨て列車の三菱電機製5t電気機関車をご覧あれ(^_^)v


電気部脇を、ズリ捨て列車がやってきます

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撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

(つづく)

目の前を、ズリ捨て列車が通過していきます

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またまた、久々の更新です(*^_^*)
『いよいよ、明延鉱山のクライマックスに近づいてきました』のつづき・・・

「木工所」「電気部」の脇を通過して、黒い車体に黄色に塗られた大きなZパンタを装着した機関車がやってきました。
前日の雨に打たれた線路は、赤くさび付いています(@_@)
この線路をゆっくりと列車はやってきました。

通過した後を追って、もう一枚(^_^)v

これから先の線路はどうなっているのか? これまた興味津々です。
のんびりとした速度で通過した列車のあとを、これから追いかけます。

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撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

(つづく)

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この先、どういう景色が展開するのか?

通過した列車の後を、線路の反対側から撮影。
これほどのんびりした速度で、このズリ捨て列車は走ってゆきます。
通過した列車のあとを、これから追いかけますよ(^_^)v

先に掲載した1/2.5万 地形図によると、ちょうど380mの等高線に沿って軌道が敷かれていますね。
きっと、山の斜面をくねくねとしながら進むはずです。
さて、途中のトンネルの手前くらいまでは追っかけてみるか!(^^)!

早速のカーブを曲がった先の展開は・・・

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お~、まるで森林鉄道のような雰囲気。
このまま山深くまで軌道が続いていくような感じがしますね(@_@)

まだまだ、列車の後を追って先に進みますぞ。


撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

(つづく)

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えもいえぬ雰囲気(*^_^*) 一番お気に入りの場所です

森林鉄道のような雰囲気にひたりながら歩みを進めます。
線路を進むうちに・・・地図に見るトンネル手前にて、えもいえぬロケーションに出会いました!(^^)!

線路脇の鄙びた建物は何だったのか? 記憶にもメモもありません・・・。
側線には鉱車が2両止まっていました。
手前にある手動ポイントは、最近赤と白に塗り分けられたのでしょう。美しい状態でありました。

さ~て、帰りの時間も計算して 「これ以上先に進むのは無理」 と判断し、ここで “ズリ捨て列車” の帰りを待つことにします。
どれくらい待ったでしょうか? 鉱車を空にした“ズリ捨て列車”が戻ってきました。

大胆にも、線路上から建物越しに “ズリ捨て列車” をねらいます(@_@)
列車は、ゆっくりしたスピードで近づいてきます・・・。


線路脇に身を移して、通過して行く “ズリ捨て列車” をもう一枚。
一番のお気に入りの場所にて、限定2枚限りの撮影となりました。

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撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

(つづく)

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山肌の細道を戻っていく 明延鉱山のズリ捨て列車 

私のお気に入りのポイントを、ゆっくり列車が通過していきました。
今回は、その後追い写真でございます。

まるで森林鉄道の様な軌道を、空になった鉱車を牽引して戻っていきます。
小走りで追いかければ、十分太刀打ちできるスピードです(^_^)v
行きの列車と同じように、後追い写真をここでも撮ったのでした。

今回の写真で、明延鉱山のズリ捨て列車は終了です。
あとは “1円電車” に再び乗車して、神子畑に戻るだけ・・・。
ズリ捨て列車の通過した後の線路を、鉱山事務所があるところまで歩きます。

一度だけの明延鉱山訪問でしたが、満足できる写真が撮れました。
名残惜しい軌道を、目にしっかり納めながら歩きます。


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撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

(つづく)

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いよいよ 明延鉱山ともお別れです

時間の許す限りの明延鉱山ズリ捨て列車の撮影を終え、1円電車の乗降所近くに戻ってきました。

ここは、神子畑の選鉱所と結ぶ明神電車の線路終点部です。
ちょうど、日本輸送機10t機関車牽引の鉱石運搬列車が停車中です。
プッシュプル方式の、無線操縦による電気機関車牽引の鉱石運搬列車がここから出発していきます。

写真左下には、762㎜と500㎜の3線区間が見て取れます。
この手前には、次の写真にあるように車両修理工場(わかば号後方の三角屋根部分)と1円電車の乗降所がありました。

機関車と「わかば」号の間の荷物車?に、今日の荷物が積み込まれます。
これから、「わかば」号とコンビを組むボギー車「くろがね」号に乗車して、神子畑に戻ります。

今しばらく、鉱石を積み込むホッパーを眺めながら、明延鉱山探索の余韻にひたります・・・。


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撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

(つづく)

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明延鉱山の“あかがね”号 見参

いよいよ、明延鉱山を後にする時間が近づいてきました。
そこへ・・・“あかがね”号の登場でございます!(^^)!

一般職員輸送用と聞きしに及ぶこの車両・・・
何ともユーモラスで、愛嬌のあるマスクです。
ものの本によると、前後の車輪径が異なる“珍車”との由。
最後のひとときに出会えて嬉しく思いました。


さあ、いよいよ明延鉱山ともお別れです。
“あかがね”号の後ろに停車中の“くろがね”号に乗車して、神子畑を目指します。

もちろん? わずか一円の乗車券を購入して乗車した私でした。


当時のメモによると・・・、
4㎞ほどのトンネルの途中に、2ヶ所の離合区間があったようです。
その一部はわずかに地上部に出ていた?
記憶が定かではありませんが、私の拙いメモによると・・・トンネル途中(明延側近く)から側線が伸びていて地上部に出てトンネルへ、さらに短い地上部を経て再び本線へ(?_?)

また、神子畑の10分程手前の地点のトンネル内にも、側線が描かれています。

薄暗い“くろがね”号の車内に揺られ、一円電車はトンネル内をひた走ります。


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撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

(つづく)

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撮影日:1978年9月11日
撮影地:明延鉱山

さようなら 明延鉱山の1円電車

昨年の7月29日から、細々とお伝えしてきた明延の鉱山軌道・・・
ついに最終回を迎えることとなりました。

30年前の9月、雨上がりの日に辿ったズリ捨て軌道・・・

ゆっくりと進む列車の後を追いながら撮影した一枚の写真・・・

小さな黒い車体に大きな黄色のパンタグラフ・・・

今も目に焼き付いてはなれることはありません。





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撮影日:1978年9月12日
撮影地:明延鉱山

神子畑の選鉱所に到着してから、明延行きの1円電車を見送ります・・・

但馬の山奥に吸い込まれていく1円電車・・・

しっかりとその去りゆく姿を目におさめます・・・


  





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手元に残る1円電車の切符・・・

2枚購入した内の1枚・・・

今も新品のまま、またいつか乗車する時を待っています。



( 完 )

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