炭鉱電車が走った頃

当ブログは、かつて大牟田・荒尾の街を走っていた“炭鉱電車”をメインにしています。かつての「三池炭鉱専用鉄道」の一部は、閉山後も「三井化学専用鉄道」として運行され、2020年5月まで凸型の古風な電気機関車が活躍しました。“炭鉱電車”以外にも、懐かしい国鉄時代の画像や大牟田・荒尾の近代化遺産を紹介していますので、興味がおありの方はどうぞご覧下さいませm(_ _)m         管理人より  

カテゴリ: 炭鉱電車◆客車編

イメージ 1

宮内~大平間を行く炭鉱電車

平井からの折り返しの列車がやってきました。

ここは、宮内駅を出てすぐの切り通し部分です。
線路の脇を、未舗装の道路が走ります。
山の斜面にはいつくばっての撮影でした。

撮影日:1978年2月12日
撮影地:玉名支線・宮内~大平

ところで、この玉名支線は「三井化学玉名専用鉄道」として、三池炭鉱専用鉄道の原万田から玉名までの3.1kmを1944年3月に開業したのが始まりです。
(運行・保守は三池港務所に委託していた)
戦時中に、三井化学が玉名工場を建設していますので、玉名支線で貨物輸送をはじめたと考えられます。
全線3.1kmですから、当時の終点は玉名工場で、大谷駅付近と思われますね。
その後、1949年2月には平井までの通勤輸送開始の記録がありますので、終点平井までの全線4.1kmがこの時点では開通していたと考えられます。
(三池炭鉱専用鉄道に合併されたのも同時期でしょう)

三井化学玉名工場は昭和20年代には閉鎖されたと思われますが、正確な閉鎖時期や線路敷設状況については未調査です。
(それにしても、玉名支線を行く貨物列車の写真を一度も見たことありません・・・)

なお、この記事を作成する際には以下の資料を参考にいたしました。

◆杉田 肇『私鉄 電気機関車ガイドブック・西日本編』誠文堂新光社(1977年)
◆HP『炭都の鉄道』 http://ushiyan.hp.infoseek.co.jp/ 資料年表
 詳しい資料が上記のHPにあります。興味のある方は、ぜひこちらのHPをご覧下さい!(^^)!

イメージ 3

時速25km/hの世界

宮内駅を出た折り返し炭鉱電車は、
切り通しを過ぎて右にカーブをすると、まもなく大平駅です。

時速25km/hのゆっくりした世界です。

写真は、この炭鉱電車の最初の3枚と同じに日に撮った5枚の内の1枚。

撮影日:1975年11月24日
撮影地:玉名支線 宮内駅~大平駅

ところで、今まで私がweb上や写真集・雑誌でみかけた炭鉱電車の中で、この宮内~大平間で撮られた写真は、それほど多くはありません。

イメージ 2
写真集の中で、最も多くのページと写真を掲載しているものは、宇都宮 照信編『九州 道の記憶Ⅱ』西日本新聞社(2004年2月1日発行)ですが、その「三井三池港務所鉄道」最初のページは、加地一雄さん撮影の大平~宮内間の炭鉱電車最終日(1984年10月1日 さよなら運転)の写真です。
三井の社紋と日の丸をあしらった31号機牽引の列車ですね。

イメージ 1
この記事の担当は井尻慶輔さん。井尻さんも大牟田出身で、現在は千葉県在住とプロフィールにありますが、彼にとっては《不気味な存在》《シーラカンス的に写った炭鉱電車》だったようです。(本文から引用)

私が初めて炭鉱電車に興味をもったのが高校生の頃でした。
小さい頃から大牟田市内を走る運炭列車は見てきましたが、ことさら興味があったわけではありません。
そしてこの日の撮影が、たぶん炭鉱電車の初めての撮影です。

井尻さんが小学校高学年の頃に抱いた《不気味な存在》《シーラカンス的に写った炭鉱電車》といった印象はなるほどと思えます。

今でこそいとおしく感じる今は亡き三井三池の車両達ですが、フルスピードでかっこよく疾走していた国鉄や西鉄の特急を見た目には “なんだこれは?!”と感じたことでしょうね。

それでも、ふるさとの炭鉱電車はなつかしくもあり、できればいつまでも動いていて欲しい存在です。
《炭鉱電車路線の一部でも復活させ、明治以来大切に使われてきた小さな電気機関車が観光列車の先頭に立つことができたら・・・》(先の本文より引用)

夢を現実にできれば・・・と思うこの頃です。

イメージ 1

大平駅ホームをゆっくりと発車

大平駅から終点平井に向けて、炭鉱電車が発車していきました。

ファインダーの視界から、ゆっくりゆっくりと遠ざかって行きます・・・。
そして、独特のマスクをしたコハがだんだん小さくなっていきました。

この日の三井三池鉄道玉名支線の撮影は、このカットで終了です。
(計8枚なり・・・35mm Kodachrome SLIDO/PENTAX K2)

撮影日:1978年2月12日
撮影地:玉名支線・大平駅


今回のおまけ記事は、炭鉱電車を見ることができるビデオについてです。
動画で見る炭鉱電車
まずは、ビコム株式会社の『レイルリポート8号』からです。
皆さんご存じだと思いますがビコム株式会社は、九州は久留米に本社を置くビデオソフトの制作・出版会社です。
隔月刊の鉄道ビデオマガジン『レイルリポート』やキッズビデオ『たのしいでんしゃ』シリーズなど、鉄道、観光、教養等のビデオソフト制作・出版を手がけています。

この『レイルリポート8号』の中の「懐かしの鉄路特集」の一部に、わが炭鉱電車が5分弱かな?登場します。
以下は、ビコムさんの解説より抜粋です。
*三井三池鉱専用鉄道(まま)の客車列車(昭和59年)
昭和59年9月30日まで、従業員とその家族のために無料の客車列車を運転していた三井三池鉱専用鉄道。走行シーン、乗車しての車内の様子、三池港駅でのお別れ式典などを収録

◆実は、このビデオYouTubeにて見ることができます。(画質は悪いですが・・・)
YouTubeについては、著作権の問題などがとりだたされていますが、見ちゃいました(@_@)
一応紹介しておきます。(以後は、ご自分で検索あれ)
 

『この日の三井三池鉄道玉名支線の撮影は、このカットで終了です』

と思ってましたが・・・
もう一枚出てきました(^_-)

どうも、スライドを20年くらい前に一度整理したときに、没にしたようですこの1枚(?_?)

構図が気に入らなかったのでしょう。
自分でも撮った覚えのないような、この日のおまけ1枚です。
(ひとりごと・・・どうも手前の木がじゃまですな。いや、この木があるからいいかも?)

三井グリーンランドのゴルフ場より

イメージ 1

撮影日:1978年2月12日
撮影地:玉名支線・大谷~平井駅間

前回に続いてもう1枚!!
今回は撮影記録があやふやな写真です。

しかも、フィルムがありません・・・。
プリント写真からのスキャンです。
(ひとりごと・・・結構きれいにスキャンできたよな)

プリント写真の裏には〈S53.1〉とあります。
この頃は、木をやたらと入れた構図が多いのだな(^_^)

この~木、何の木気になる木?

まったく民家も写っておらず、曇った広い空と炭鉱電車と木の不思議な写真です(*_*)

原万田~大平間の築堤を行く

イメージ 1

撮影日:1978年1月
撮影地:玉名支線/原万田~大平間

イメージ 1


イメージ 2

ひょっこり、2枚の写真が出てきました(@_@) 玉名支線

写真を整理していたら、玉名支線の古い写真が2枚出てきました(~o~)
撮影した記憶がない2枚・・・。
自分的に構図が気にくわず、没にしてしまった写真ではないかな? と思ってます。

一枚は、お気に入りの撮影場所であった「宮内~大平の切り通し」を行く炭鉱電車、
もう一枚は、大平駅に進入する炭鉱電車です。

たぶん1号機の牽引だと思います。


撮影日:1975年頃
撮影地:玉名支線 宮内~大平、大平駅

イメージ 1

     ▲万田駅の炭鉱電車

     撮影日:1978年 4月 7日
     撮影地:万田駅 

1978年4月7日の万田駅の炭鉱電車です。
2両の客車を三池港駅から牽引してきた20t 5号機は、ホハ204から切り離されホーム反対側の機廻し線に入線です。
コハ103が、5号機をお待ちですよ(*^_^*)

遠くには、宮原抗の竪坑が望める築堤上の万田駅です。
(あれ・・・、サボは平井-三池港ですね?)

イメージ 1

     ▲万田駅付近の本線を走る炭鉱電車

     撮影日:1978年 4月 7日
     撮影地:万田駅附近 

1978年4月7日の万田駅附近本線を、三池港に向けて走る炭鉱電車です。
45t 19号機が、空の炭車を連ね万田駅横を通過していきます。

この時代の炭車はバラエティーに富んでいて、凸凹の編成がとても魅力的です。
晩年はセナ形炭車のみの編成でしたが、この写真にはセコ形やセロ形などの炭車が連なっています。

背景の三池山の山並みと、架線柱に電線が印象に残る一枚です。
    

イメージ 1


▲ 大平~宮内間の切り通しを行く“炭鉱電車”
 撮影日:1978年 4月 7日


春の麗らかな日に、“炭鉱電車”がゆっくり通り過ぎていきます

ここは、原万田駅から別れた玉名支線

大谷駅を発車した“炭鉱電車”は、短いコンクリート橋を通過し、左に緩やかにカーブしながら
この切通しにさしかかります

今日の牽引機は・・・車体幅から判断して 20t 31号機
この機関車、1952年に15t 電車 を20t に改造したものでした
車体幅や軸距離の拡大が行われておらず、元々の20t機関車を彷彿とさせます

私のお気に入りの機関車でした

切通しを通過すれば、そこは宮内駅です
舗装もされていない道が、鉄道に寄り添うようにはしります

    

イメージ 1


撮影日:1976年1月18日
撮影地:三池港駅付近の築堤にて


◆この写真の関連ページ : http://blogs.yahoo.co.jp/ed731003/3568735.html

↑このページのトップヘ