
撮影日:2009.5.18
撮影地:大牟田市宮原町 駛馬天満宮
五月晴れの5月18日(月)・・・
いつもの三池の鉄道を訪ねた後は、宮原坑を訪問します。
青空に浮き立つ竪坑を堪能した後、その西側に望める「駛馬天満宮」を今回初めて訪れました(*^_^*)
青空に浮き立つ竪坑を堪能した後、その西側に望める「駛馬天満宮」を今回初めて訪れました(*^_^*)
以前から訪ねてみたい場所の一つだった「駛馬天満宮」
大牟田市の北方、甘木山の麓で育った私にとっては、宮原町界隈は未知の場所です。
大牟田市の北方、甘木山の麓で育った私にとっては、宮原町界隈は未知の場所です。
いわば“見知らぬわが町”ですね。
(中川雅子『見知らぬわが町 1995真夏の廃坑』より)
(中川雅子『見知らぬわが町 1995真夏の廃坑』より)
ここ宮原の地に、承平三年(933年)十一月二十五日に社殿が造営され、全国の天満宮の中でも古くから鎮座しているとされる「駛馬天満宮」・・・
TOPの写真からも、その歴史が偲ばれるというものです。
TOPの写真からも、その歴史が偲ばれるというものです。
さて、門をくぐったすぐの処にある狛犬に目が止まりました。

大正十年の奉納と読めますが、
その台座に目を凝らすと・・・
その台座に目を凝らすと・・・
“優勝 甲方六回 乙方四回 丙方三回” という彫り込みを目にいたしました。
炭鉱では、昼夜3交代で作業していて、1番方(甲方)、2番方(乙方)、3番方(丙方)と勤務時間を分けていました。
炭鉱では、昼夜3交代で作業していて、1番方(甲方)、2番方(乙方)、3番方(丙方)と勤務時間を分けていました。
“優勝”の文字が刻まれていますが、
たぶん、採炭量などの記録ではないかと思われますね。
たぶん、採炭量などの記録ではないかと思われますね。
学問の神様である菅原道真公をお祀りしている“天満宮”ですが、
炭鉱の町ならではの歴史を感じさせられた次第です。
炭鉱の町ならではの歴史を感じさせられた次第です。

狛犬の先に、このようなベンチをみかけました(*^_^*)
懐かしくかつ鄙びた雰囲気に、思わず立ちつくした私・・・
懐かしくかつ鄙びた雰囲気に、思わず立ちつくした私・・・
昭和40年代頃にタイムスリップ(^_^)v
6個の広告ベンチが仲良く並んだ姿をこの目に焼き付けました。



◆追加でもう一枚・・・映光写真館のベンチ


(つづく)