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     ▲三井田川鉱業所伊田竪坑 第一・第二煙突
 
       撮影日:2008.12. 7
       撮影地:田川市大字伊田

山本作兵衛と旧三井田川鉱業所への旅(6)

『炭坑(ヤマ)の語り部 山本作兵衛の世界 ~584の物語~ 』の最終日に何とか暇を見つけて行ってきました・・・筑豊は田川へ(~o~) のつづきです。

三井三池の10t積 石炭車 セ1208 を心ゆくまで堪能した後は・・・

やはり二本煙突でしょう(*^_^*)
セ1208が連結されていた9600には目も触れず?! 二本の煙突に歩みを進めます。
最近修復が行われたばかりで、とても美しい姿で凛とそびえ立っていました。
まずは、西側から二本煙突を眺め入ります。
(なんだか、第一煙突から白い煙が出ているような・・・)

田川市石炭・歴史博物館の解説によると・・・
伊田坑開設時に、捲揚機および付属施設の動力用として蒸気汽缶が設置され、この汽缶の排煙用として2本の大煙突が築造されました。煙突は丸形、耐火煉瓦製で高さ45.45m、耐火煉瓦は総計213,000枚、内ドイツ製は181,000枚、国内製32,000枚使用しています。

もう少し近くから、この煙突を眺めてみましょう。
煙突南側の高台から、じっくり観察してみるとするかな(^O^)

すぐ近くに見える第二煙突をつぶさに見てみましょう・・・
まずは、真下から見上げます。
巨大な迫力をもって迫ってきます、イギリス積の煉瓦煙突が。  

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     ▲第二煙突を見上げる その1

さらに煙突の頂部を仰ぎ見ます・・・
丸い輪っかの列は、かつての避雷針の跡でしょうか?

ここまでデジカメでクローズアップしてみると、煉瓦積みの“妙”が感じられます。

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     ▲第二煙突を見上げる その2

私が感じた「煉瓦積みの“妙”」の部分をさらに細かく見てみると・・・

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     ▲第二煙突を見上げる その3

明治の時代(明治41年に完成)に、このような円筒形に煉瓦を積み上げていく技術に敬服致します。
高さ45m余りの煙突を、“すっくと真っ直ぐに” よくぞ建築できたものです(@_@)

煉瓦が、少しづつ「ズレ」ながら組み上げられている様を見るにつけ、当時の職人的な技を感じますね。
見事というか、手作りのぬくもりさえも感じさせてくれます。

(建築のことはよく分からないのですけど)

さて、目を基壇部分にやると・・・
第一煙突にはない、お洒落な装飾がなされております。

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▲第二煙突の基壇部分は八角形の装飾となっています

あらためて、この二本の煉瓦煙突を眺めてみることにいたしましょう。

さすが、炭鉱節の発祥の地 田川の二本煙突であることよ!(^^)!
大牟田は宮浦の煉瓦煙突もかないませぬ。

恐れ入りました。

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▲南側の高台から、二本煙突と竪坑を眺める



最後に、田川市石炭・歴史博物館にあった模型をご覧に入れて、今回はお開きといたします。

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▲最盛期頃の 三井田川鉱業所 模型



(つづく)