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撮影日:2007年11月24
撮影地:春日市
★許可を得て撮影。いまも“ハウス”の多くは住居として活用されています。
 撮影などでは、居住者の方のご迷惑にならないよう注意して下さい。


今も現存する“ハウス”

「九大から春日公園のあたりは、米軍の基地だったんですよ」
「エー、ほんとですか! 初めて聞く話です(@_@)」

1945年 8月15日 終戦
       9月22日 占領軍(米軍)が福岡に進駐。
      10月     第315混成航空団が板付飛行場に駐留
      10月7日  大佐ハーカーを司令とした部隊が進駐
1946年 8月     少佐以上の家族30世帯が板付に到着。基地外に居住をはじめる
1947年        第一期アネックス(付属基地)工事が完了
1950年 6月25日 朝鮮戦争が勃発・・・    


今から物語る『IAB春日物語』の始まりです。
終戦直後から1972年まで、春日市には米軍の広大な基地(ベース)が広がっていました。
今の、航空自衛隊春日基地・県営春日公園・春日公園団地・県立春日高校・九州大学筑紫キャンパスなどの広大な敷地がそうです。
当時この基地は、米軍の軍人とその家族が住む付属基地(アネックス)として存在しました。
さらに朝鮮戦争勃発以降は、基地内の住宅が不足したため基地外にも“ハウス”と呼ばれる米軍用の住宅が広がったのでした。
当ブログ書庫の題名は、この“ハウス”に今も残る「IAB」(写真参照)の表示からとったものです。

少なくはなりましたが、今も春日市近辺にはこれらの“ハウス”が現存します。
基地自体は1972年6月30日に返還され、以後先に述べたように利用され現在に至っています。
基地内の遺物はほとんど残っていませが、基地外にあった“ハウス”は今だ現存し、住居として活用されています。
さあ、朝鮮戦争や冷戦の時代にあった“春日基地”の痕跡と、春日市の今を辿る旅に出かけてみませんか(*^_^*)